阿知波重尚 松井稼頭央がPL時代絶対に敵わなかった天才は誰?【消えた天才】




まえがき

8月25日放送のTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後6・30)に 【大記録を打ち立てた天才 大追跡SPです!

 

元メジャーリーガー・松井稼頭央さんがPL学園時代絶対に敵わなかった同い年の天才がいたそうです!?

 

その名は、阿知波重尚さんです。

 

なので、阿知波重尚さんのプロフィールと現在について気になって調べてみました。

 

みなさん一緒に確認していきましょう!

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8月25日放送のTBS「消えた天才」の内容?

引用元:tbs

8月25日放送のTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後6・30)に 【大記録を打ち立てた天才 大追跡SP】です!

 

元メジャーリーガー・松井稼頭央さんがPL学園時代絶対に敵わなかった同い年の天才がいたそうです!?

 

その名は、阿知波重尚さんです。

 

 

 

松井稼頭央さんは、元プロ野球選手で現・西武ライオンズ2軍監督をやっておられます。

 

昨年、25年間の現役生活に幕を下ろしましたが、現役時代には史上10人しかいないトリプルスリー(打率3割、30本塁打、30盗塁)を達成したすごい選手です。

 

日本人初の内野手メジャーリーガーとしても活躍し、小柄ながらも抜群の運動能力で他の追随を許さない選手でした。

 

そんな松井さんが、PL学園時代に絶対に勝てなかった同い年のライバルがいた語ります。

 

  • 「すべてにセンスを感じる」

 

  • 「駄目なところが見つからない」

 

 

その天才は、入部わずか3カ月でレギュラーを獲得し、松井さんと並んでチームを5年ぶりの甲子園出場に導いた逸材です。

 

当時の阿知波重尚さんについて、桑田真澄、清原和博のKKコンビを育てた名将・中村順司さんは、

 

  • 「桑田、清原と同じく1年生から期待していた選手」

 

  • 「当時の関係者から(阿知波)には野球で教えることがないとよく言われていた」

 

と当時を振り返ります。

 

「桑田、清原」世代を知るものとしては、その凄さは想像するに難くないですね。

 

1年生でのレギュラー獲得は異例と言われる当時の“最強PL”です!

 

1年生でレギュラーになった清原さんも、その時のプレッシャーはすごかったと語ってますね。

 

中村元監督は「1年生の清原に背番号3を与えた心境と同じだった」とも語り、その才能の高さを表現してました。

 

ところが、阿知波さんは高校卒業後、大学に進学するものの、すぐに野球部を退部し表舞台から姿を消すんです!?

 

一体何があったんでしょうか?

 

当時の阿知波重尚さんと現在について気になって調べてみました!

 

 

阿知波重尚さんのPL学園時代のプレーは?

当時は松井稼頭央さんもピッチャーとして活躍していたんですね。

 

1992年春 PL学園-東海大相模

 

 

第69回全国高等学校選手権大会 準決勝 PL学園×帝京

 

 

 

阿知波重尚さんが野球を辞めた理由は?

阿知波さんは、大学に進学するもののすぐに野球部を退部します。

 

青山学院大学に進学したんですね。

 

野球人生で初めて直面した葛藤があったと語ります。

 

番組では松井さん自身が20年ぶりに天才と再会し、感動場面も…。

 

でも、野球を辞めるに至った真相を伺うとなかなか辛そうです。

 

初めて明かされる天才の葛藤とは?

後は番組で確認するしかなさそうです!

 

当時の青学野球部は、元ロッテでメジャーでも活躍、現在は千葉ロッテマリーンズの監督をされている井口資仁さんや侍ジャパンの監督をされた小久保裕紀さんが在籍してすごいチームだったようです。

 

手首を骨折してしまったそうです。

 

それがきっかけで、野球を続けることに疑問を持ったんだそうです。

 

100%野球に向き合っていない自分に気づき野球をやめる決意をしたそうです!

 

予想外の理由ですね。

 

正直もったいないと思いますね。

 

だから高校卒業してすぐプロに入った方がいいと考えてしまします。

 

でもそういう人はプロに入っても、迷いがでてしまうでしょうね。

 

ちなみに松井稼頭央さんは、野球を辞めることは考えたことはなかったそうです。

 

「野球が好きだから」

 

この言葉に尽きるように思います!

 

 

 

阿知波重尚さんの現在は?

阿知波重尚さんの現在は、愛知県で新聞販売店をされているそうです。

 

「中日新聞 新清洲専売店 阿知波 新聞店」のオーナーのようですね。

 

約3年間の外資系企業勤めを経た後、愛知県内の販売店で修業を積み、2005年に新清洲専売店の店主となったそうです。

 

引用元:hotweb.chunichi

 

中日新聞 新清洲専売店 阿知波 新聞店

愛知県清須市土田1-5-1

 

 

 

 

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阿知波重尚さんのプロフィールは?

引用元:hotweb.chunichi

名前阿知波 重尚(あちわ しげひさ)
生年月日1975年
出身地愛知県知多市
出身校PL学園 青山学園大学中退

 

 

 

 

「松井稼頭央が高校時代絶対に敵わなかった天才」について一般のコメントは?

「天才」論争はここでは置いておきましょう。

 

「すごい選手」だったということでいいと思いますね。

 

そんなすごい選手がなんで野球を辞めることになって、どんな人生を歩んでいるのかが面白いんだと思ってます。

 

A さん
その道で輝いた時があった事を安易に天才と評することに違和感があります。

 

B さん
天才 多すぎ笑

 

Cさん
PLで立浪二世と言われ一年生にしてレギュラー遊撃手だった阿知波重尚さん。青学大に進んだ彼を野球を断念させたのが井口現ロッテ監督と高須現楽天コーチと言われています。異次元の二遊間プレーを前に絶望したとか。気さくな方で二年後輩の福留の同期稲荷幸太さんのブログでは尊敬できる先輩と挙げられています。

 

D さん
PL入学時に超特別扱いされてたのは立浪と松井ぐらいで、その次あたりでかするのが福留じゃなかったっけ。

 

Eさん
野球の名門とされる大学はPLなどのシゴキの上を行くのかな。あんま表に出ないね。

 

 

まとめ

8月25日放送のTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後6・30)に 【大記録を打ち立てた天才 大追跡SPです!

 

元メジャーリーガー・松井稼頭央さんがPL学園時代絶対に敵わなかった同い年の天才がいたそうです!?

 

その名は、阿知波重尚さんです。

 

なので、阿知波重尚さんのプロフィールと現在について気になって調べてみました。

 

高校から大学に進むだけで、環境によってその人の人生って随分変わるもんですね。

 

実力・才能に溢れて、それなりに厳しい環境で育った阿知波さんでも青山学院野球部では馴染めなかったみたいですね。

 

野球を辞めるに当たっては、相当な悩みや葛藤があったんだと思います。

 

単なる精神論では片付けられない何かがありそうです。

 

なかなか真相はわからないと思いますが、真相に近づけたら人生の面白さがわかりそうです♪

 

今後もご活躍を期待しております!

 

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